出発初日の夜は神戸市の「しあわせの村」のキャンプ場に泊まる。
施設が充実しているために様々な人がいた。
深夜0時を回ってもバーベキューに騒ぐ大学生グループもいた。
夜はリンゴだけしか食べていなかったので羨ましい限りであった。
羨ましくて猛烈にお肉が食べたくなったので、朝はさっさと下山して明石海峡大橋が見えるなか卯で牛丼大盛りを注文した。
2日目は特に書くような出来事もなかった。
出来事ではないけれど、前日の出発時に別れの挨拶をしてきた元交際相手の事が頭の中からほぼ消え去っている事には少し驚いた。
2年くらい付き合っていたのだが、「じゃ、おたがい良い人生を」みたいに言い合って涙をこらえ自転車にまたがり、振り向くことなくペダルを漕ぎだした。
そうして二人は別々の道を歩みだしたのである的なナレーションが入りそうな場面であった。
さすがに初日はまだセンチメンタルジャーニーな気分が存在していた。
それが二日目の朝には牛丼が食べたいという事で頭がいっぱいになり、腹がふくれたら明石海峡大橋を見ながら「あぁいい天気だな」などと鼻歌まじりにペダルを漕ぐチアフルジャーニーになっていた。
陽気なままで午後になると次は、「今夜はどこで野宿をするべきか」という最大の懸案事項で頭がいっぱいになる。
警察に通報されたり地元の人に迷惑をかけたり、なにより血気盛んな若者からの襲撃をうけやしないかと気が気でない。
非常に優先順位の高い課題を抱える事になったので、交際に関するあれこれを思い出したり、記憶を美化させるだけの熟成期間が確保されることはなかった。
あと、自転車を漕いでいるととてもお腹がすくので、ご飯を食べる事の優先順位も非常に高くなる。
そのようにして意識のほとんどが過去から現在へと強制的に向けられるので、別れの翌日には牛丼と野宿場所以外のことは頭の中から飛んでいた。
普段なら気になるであろう事が、いつの間にか脳内会議の議題にも挙がらなくなっていたのである。
見送る側よりも、環境がガラリと変わる見送られる側の方がすぐ忘れるというのもあるだろう。
つまり私が軽薄なのではなく、自転車旅と野宿の組み合わせが私を軽薄にさせたようだ。
あともう一つ。
10年前に私が書いていた日本一周ブログを読んだら、「牛丼大盛り390円」と書いてあったことにもっと驚いた。
物価、上がりましたねぇ。
その10年前のブログによると、この日は夕方にジャスコでハンバーガーを二つ食べながら浅田次郎の『中原の虹』を読み、海岸沿いの道の駅で張ったテントの中でまたリンゴをかじり、中秋の名月を眺めたとある。
夜中に血気盛んそうな若者たちの騒ぐ声で目を覚ましたりしたが、襲われる事はなかった。
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