廃バスの善根宿

昔の自転車日本一周

2013年9月27日 自転車日本一周の旅 10日目

徳島県の太平洋側にある美波町にやってきた。
ウミガメが産卵しにくるという海岸を眺めたら本日の宿に向かう。

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この日は ”善根宿(ぜんこんやど)” というのに泊まらせてもらう予定だった。
善根宿とは、修行者やお遍路さん、または金の無い旅行者を無料で宿泊させてくれる宿らしい。

近くと思われる場所で迷っていると、自転車に荷物をつけた青年が立ち止まって地図を見ていた。

彼の自転車をよく見ると、私の自転車と同じモデルの、同じ色だった。
親近感をおぼえて話しかけると、彼も日本一周をしており、同じ善根宿を探していたらしい。

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近くにあるはずだからと二人でブラブラしているうちに見つかった。
廃バスを改装したという善根宿である。

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年季の入った外観をしているが、中はきちんと宿仕様になっていた。
側面中央のドアが出入り口になっており、車両の前後で分割された一段高い場所がある。
そこに赤い毛せんが敷かれ布団も積まれているので、ここが就寝スペースらしい。

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荷物を置いて先ほど会った青年のイシダ君と話をする。
彼は北海道の網走を出発してから166日目という大先輩だった。
たしか当時20歳で、実家の牧場を継ぐ前に自転車で日本一周をして見聞を広めるのが目的だと言っていた。
まったく、よくできた好青年である。

2人でこれまでの旅について話していると、3人目の宿泊者が現れる。
徒歩で八十八ヵ所巡りをしている60代のスズキさん。
裾と袖のすぼまった水色の学校風ジャージを着ているのが印象的だった。
奥さんがしっかりした現役看護師だから生きていけてると言っていた。
徒歩で八十八ヵ所を回るとなると2ヵ月くらいかかるが、奥さんはスズキさんの勝手には慣れているというか呆れているので、特に何も言われないとも言っていた。

何か切実な願いがあって巡礼をしているようでもないし、八十八ヵ所巡りを達成するよりも家事で奥さんを支えた方がよっぽど徳を積む行為だろうと思ったがもちろん口にはしていない。
奥さんだって変に手出しされるよりも外出してくれていた方が楽だという事もある。
そういう意味では奥さんの願いを叶えて徳を積んでいるのかもしれない。

3人で話していると管理人らしき方が来られて人数を確認していた。
驚いたことに、その方が人数分の弁当を持ってきてくださった。
そしてスズキさんが、「この弁当、ちょっと臭わないか?」と文句らしき事を言ってさらに驚いた。

その後、夜遅い時間に二人組がやってきて、運転席側のブロックを確保した。
就寝時は後部座席側で奥からイシダ君、私、スズキさんの順番で川の字になった。
しかしこの夜、私はなかなか寝付けなかった。

夜は冷えるが、「屋内だから」と油断して寝袋を置いてきてしまったのだ。
だが車内にも布団が積み上げられている。
清潔そうには見えないが、寒さに耐えかねて布団を取ろうか迷っていると、布団の隅で黒い影が動いたように見えて絶望した。

そして床がすこし傾いていたのも、寝付けなさのひとつだった。
左側に傾いていたので、体の左側を下にして横を向くと違和感は少なくなった。

寒かったので腕を組み、膝を揃えて軽く曲げる。
この体勢で睡眠への導入を試みた。
すると、運転席側で寝ていた方が電気をつけた。

私の左側で寝ていたスズキさんは眠りながらも眩しさを感じたのだろう。
もぞもぞしながら右側に寝返りをうった。
私は左向きになっていたので、右側に寝返りをうったスズキさんと顔をつき合わせてしまうかたちになった。
奥さんでも踏み込まないであろうというほどの近さに現れたおじさんの顔面に驚き、一瞬固まった。

さらに驚いたことにスズキさんは、腕を組み膝を軽く曲げるという私と全く同じポーズで向き合っていた。
私は鏡写しになったスズキさんと魂が入れ替わってしまうかと思った。
スズキさんの方は24歳のそこそこイケメンと入れ替わって再び青春を謳歌するかもしれないが、私の方はたまったもんじゃない。
私は硬直した体をすぐ仰向けにしてバスの天井を見つめた。

結局、私は一睡もできぬままに明け方を迎えた。
野宿というのは緊張感もあるが、気ままでわるくないなと思った。

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